オリーブと歴史

人類の歴史とともにあるオリーブ

人類はオリーブの野生種を少なくとも紀元前1万年前には発見しており、紀元前4千年頃には栽培を始めてたと考えられています。これは、人類が定住を始め、土地を耕して農耕をはじめた頃です。このようにオリーブは人類の食糧生産が始まった古来から続く重要な食物の一つです。

オリーブの果実から絞るオリーブオイルの誕生も古く、考古学者はオリーブオイルをしぼったと思われる地面のくぼみ(ピット)をいくつも発掘しています。イスラエルのカーメルには約6千年前にオリーブオイルの製造を行っていた遺跡が発見されました。

 

平和と繁栄の象徴

聖書時代からオリーブは平和と繁栄の象徴でした。聖書にはオリーブの記述が数多くあります。創世記のノアの箱舟の物語では、ハトがオリーブの小枝をくわえ、洪水が干上がったことを知らせます。旧約聖書申命記には「小麦、大麦、ぶどう、い ちじく、ざくろが実る土地、オリーブの木と蜜のある土地である」と七つの産物にオリーブが数えられています。捧げ物として神に捧げられ、また神殿に仕える祭司や祭具、また王を聖別するためにオリーブオイルが用いられました。一般庶民は食用として料理に使い、また軟膏として身体に塗ったり、灯火油としても利用していました。

 

オリーブオイル

オリーブオイルは、他の食用オイルと異なり、その種ではなく果実の実から絞りだしたものです。種子の油は、オリーブ核油(olive kernel oil)といい、オリーブ油よりも品質が劣り区別されます。古代では果実を石などで潰し、それをひたすらもみ続け、オイルと果肉を分離させていたと思われ、その後石臼を使っていました。実際イスラエルでは、1950年ごろまではロバを使いオリーブの果実を石臼で粉砕していた記録があります。

 

ギリシャ神話にもオリーブが登場します。エーゲ海を望む町の支配権を巡って女神アテナと海神のポセイドンが争ったとき、大神ゼウスの『最も人々の役に立つ贈り物を贈った者に支配権を認めよう』という言葉に、海神ポセイドンは、『馬は立ち姿は美しく、戦では良い働きをするので勝利を導き人々を幸せにする』と馬を生み出し、一方女神アテナは『オリーブは闇夜を照らす光となり、傷みを和らげ、香り高く、そして口にすれば貴重な食料になる』と言い、オリーブの木を作り出しました。ゼウスは平和をもたらすオリーブの木を選び、そしてアテナにエーゲ海を望む町アテネの支配権を与え、パルテノン神殿では女神アテナが守護神として祭られ、オリーブは「聖なる木」として各都市に広がりました。

 

古代からオリーブオイルは人々の主要な収入源の一つで、地中海沿岸で売買されていました。古代ローマ時代ではすでにオリーブオイルは一つの産業にまで成長しており、オリーブの木を切り倒した者には処刑という罰が課せられ、オリーブの木は人々によって手厚く守られていました。どのような状態の実から(色づき始めた実から、熟した実から、地面に落ちた実から、虫に食われた実から)取ったオリーブオイルかを区分し、オイルの格付けもされていた記録が残っています。